遅ればせながら稲尾様
稲尾さんって、けた外れの大投手のくせに、いかにも人懐っこいキャラクターで、親しみを感じていたんだ。だから、亡くなった時に何か書ければなぁって思っていたけど、あの人の事、ほとんど知らないから何もしないでいたよ。
そうしたら、あの人の生前インタビューをラジオの深夜放送でやっていたもんだから、ちょっとだけ書いてみるね。
あの人の顔って、はっきり言ってピッチャーってイメージじゃないよね。ピッチャーっていったら、どことなく垢ぬけて、研ぎ澄まされてて、さらに人によっては、ナイーブでさえあるよね。まぁ典型的なのはハムのプリンス、ダルビッシュ君かな?
あの人、漁師の息子だったんだって。
そう言われてみると、ユニフォームよりも、漁師ルックの方がず~っと似合うような気がしない? あの人、野球そのものには全然興味がなかったんだけど、「一回でいいから、あの恰好いいいユニフォームを着てみたい!」って、思ったのが野球を始めたきっかけなんだって。 変な話だねぇ。
お父さんは、稲尾さんを「立派な漁師にするんだ!」って、徹底的に鍛えてたんだって。
学校が終わるとすぐに港に直行、港にはお父さんが舟の上で待っていて、「行くぞ!」。サア、いざ大漁めざして沖へ出陣!
舟のうえでの役割は、お父さんの役割が漁をすること。ギーコ・ギーコ舟を動かすのは稲尾さんの役割だったんだって。凄いねぇ。まだ、ほんの子供なのにねぇ。
さらに驚くのは、いったん沖に出たら、次の朝まで戻ってこないんだって。
スポーツをした経験のある人だったら、誰でも分ると思うけど、スポーツってのは足腰なんだよね。 余談だけど、テニスってあれは、手ニスじゃなくって、正しくは、足ニスって言うんだってさ。(笑)
そりゃぁ、ここまで徹底的に、足腰を鍛えられた稲尾さんを、打てるバッターなんている訳ないよ。
漁の話に戻るよね。 スズキって魚は凄く高く売れる魚でね。それを一匹釣りあげると、一週間くらいは、楽に食べていけるそうなんだ。そしてそれを釣り上げるのには、2~3時間かかるんだって。
ある日、どういう訳か? スズキが4匹も釣れた事があったんだって。こんな事は10年に一回もないらしい。すると、お父さんは、何を思ったのか?最後の一匹を海に帰してしまったんだ。
とてもビックリした稲尾さんは、お父さんに、くってかかった。「どうして、そんなにもったあない事するんだ!4匹も持って帰ったら、お母さんがどれだけ喜ぶと思うんだ!」
すると、お父さんは、「あのスズキは今度釣れなくなったときに、帰ってくる!」って言ったそうな。
稲尾さんはその意味が全く分らなかったそうだ。 そりゃぁそうだよね。今の俺にだって、全く分らないよ。
稲尾さんはプロに入ってその意味が分かったんだって。相手のバッターで、どうしても打てずに苦しんでいるのがいたとき、打たせてやるんだって。もちろん勝敗のかかった場面ではしない。明らかに勝敗とは関係のない場面での事だって。
これって、相手からすると、一見、とてもいい人に見えるかもしれないけど、とんでもないイヤな野郎だよ。 裏を返せば、勝敗のかかるところでは、絶対打たせてくれないんだよね。
相手にとっていい人って言うのは、「みんな押さえつけてやる!」って力み過ぎて、ここ一番でポカ球を放ってくれるピッチャーの事、なんだろうなぁ。
大昔ON全盛時に、必死になってONに向かっていくピッチャーに、ある解説者が、「両方抑えようとしてはダメですよ。どっちか一人に絞らないと。頑張り過ぎると、両方にやられますよ。」って言ってたもんね。
稲尾さんがあれだけの大投手でいられたのは、おおらかさというか? いや、余裕? というか、いや、それは、お父さんに教えてもらった、したたかさにあったんだよ。
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